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日本の初等・中等教育の歴史教科書においても、「脱亜論」社説を「日本が欧米列強に近づくためにアジアからの脱却を唱えた物で、日本がアジアの1ヵ国であることを否定している」と定義付け、「日本人がアジアを蔑視する元となった脱亜入欧の代表的言説」と教えていることが多い。が、この論文に至った甲申事変や当時の歴史的背景を教えていない事も多く、「脱亜論」の一部だけを取り上げて、「脱亜論」社説を正しく解釈していない、と言う意見も存在する。丸山眞男は、福沢が実践的にも早くからコミットしていた金玉均ら朝鮮開化派による甲申事変が三日天下に終わったことの失望感と、日本・清国政府・李氏政権がそれぞれの立場から甲申事変の結果を傍観・利用したことに対する焦立ちから、「「脱亜論」の社説はこうした福沢の挫折感と憤激の爆発として読まれねばならない」と説明する[注釈 1]。また、丸山は、福澤が「脱亜論」を執筆したと仮定しても、福澤が「脱亜」という単語を使用したのは「脱亜論」1編のみであると指摘した。それゆえ、「脱亜」という単語は福澤においてはキーワードでないと述べた。さらに、「入欧」という単語に至っては、福澤諭吉は(署名著作と無署名論説の全てにおいて)一度も使用したことがなく、したがって「脱亜入欧」という成句も福澤が一度も使用していないことを指摘した[注釈 2]。さらに、丸山は「脱亜入欧」という成句が福澤と結びつけて考えられるようになるのはたかだか1950年代以降のことであり、戦前の福澤研究や石河幹明の『福澤諭吉伝』においても「脱亜」とか「脱亜入欧」とかいう語句が登場することはなく、社説「脱亜論」に関してもほとんど引用されたことはないと指摘した[15]。
ChungkuoRun 22-02-21

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小説家の清水義範は、小説中の文学探偵が「脱亜論」を読んだ感想として、「日本は文明国だから、中国、朝鮮を支配していい、なんて考えておらず、当然のことながらそんなことは書いていない。むしろ、西洋列強の野望渦巻く苛烈な国際情勢下で、ひとり先に文明開化した日本が独立をまっとうせんがためには致し方なく中国、朝鮮と袂を分かたなければいけない……それが脱亜という選択肢である」と語らせている[注釈 6]。
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22-02-22